KITA Eng.sub

KITA Eng.の別館。北海道でサーバーとかICTとか教育とかについて考えている人が綴るblog。

年の瀬なので、2016年を振り返ってみる。

なんだか年の瀬感がいつにもましてないですが、暦の上では2016年も間もなく終わろうとしているので、これまでの流儀に倣って、2016年を振り返ってみます。

2016年の漢字:「前進」

 2016年を象徴するであろう個人的言葉は、「前進」かなと。サーバー技術者として、ライフワーク、趣味的なもの、それぞれで段階が一歩進んだ気のする一年だったように感じています。

呪文

f:id:kacchan822:20161231171626j:plain  「黒い画面を見ながら呪文を唱える仕事」を初めて1年と3か月ほど経ちました。それなりに呪文のレパートリーは増えた気がします。

といっても、サーバー保守・運用、ときどき構築という業務内容なので、ゴリゴリコードを書くということはほぼありません。 最近はInfrastructureAsCodeというようなのがビックウェーブっぽいですが、規模感が大規模系ではないので、古くからあるぬくもりある感じの構築や運用方法が中心ですからなおさらです。 しいて挙げるならば、障害原因の切り分け作業やら動作検証やらの都合で、PerlPHPRubyPythonSQLあたりを解読することがあるぐらいです。

 コードを書くのは業務以外で、Python、HTML、CSSJavascriptあたりぐらいなものです。 たまに、CodeIQやらpizaやらで、頭の体操をしています。

カコタム

kacotam.com  今年の2月に「活動説明会実施」のとっても小さな新聞記事が目に留まったところからかかわり始めました。  いつの間にか思っていた以上に、活動に身を突っ込んでいる気がしてならない今日この頃です。それだけ空気感が肌に馴染んだのでしょう。  教員をやっていた時には、3年とか1年とか数か月とかいう長い期間、ほぼ毎日顔を合わせられるという前提の中で子どもたちとのかかわりがあったのに対して、月に数回定期的とも限らない、1回2時間程度という短い時間の中だという時間的制約があるなかで、子どもたちの「やりたいを見つけ」たり、「目の前の課題を解決」したりするというのはなかなか難易度の高い活動だなぁと感じています。  そんな制約条件があってか、ちょっとしたことに対する「ありがとう」とか、ちょっとした目線の動きとかを教員時代以上に気にするようになった気がしています。自分が学生時代の時にかかわれていたら、教員時代に取りこぼしていた何かを拾えたのではないかと猛省しています。

バスケットボール

f:id:kacchan822:20161231154441j:plain  今秋から札幌地区の高校年代の試合で笛を吹かせてもらっています。  まだまだヒヨッコだけど、上級審判員の方々と一緒に吹かせてもらう機会が多くて、大変勉強になりました。  対戦チームの力関係、男子・女子、ゲームの流れ、選手の体力事情、、、 バイオレーションとファールをただ基準通り吹けばよしということでもないところもあるので、なかなか難しいことが多いですが、よい表情で選手が試合を終えてくれればうれしいものです。

 巷では、「部活動問題」がちょっとしたブームですが、専門じゃない競技をやった時にしんどいのが、大会や練習試合での審判だったりするのだと思います。自分は、中高生にとって部活動で得られる経験の教育的価値は大きい(教科教育の中で取り組みにくいこと、取り組みにくい生徒に対して)と思うので、ちょっと微妙な方向に議論が進まないことを祈るばかりです。  祈ってばかりでも仕方がないので、とんでもなく微力ではあれども、自分が笛を吹くことで少しでも負担軽減になればと思ったりもしています。


 年の瀬シリーズの過去記事