KITA Eng.sub

KITA Eng.の別館。北海道でサーバーとかICTとか教育とかについて考えている人が綴るblog。

「支援」のかたちのいろいろ――僕のかたち

「それじゃ、ただ居るだけなんじゃないの?」

部活をやめるときに、教員志望だと知っていた顧問が、

「今、やめたとして、教員になってから、部活をやめようとする生徒にどう話すんだ?」という問いに、

「お前が決めたなら...」的なことを返すを答えた時に言われたフレーズ。

良くも悪くも、「教員」や「教育者」、「教育に関わる人」としての立ち位置を考える上で、自分の中で度々反芻されるフレーズ。

Kacotamで、ボランティアメンバーとして活動していつの間にか2年...。

やっと、「ただ居る」ことの尊さが身に染みてわかってきた気がする。

「被支援者」がいろいろなのだから、「支援」のかたちだっていろいろあっていいわけで、絞る必要はない。でも、自分がなしうる「支援」のかたちをはっきりと理解しておけることは、何かアクションを起こすこと、起こさないことの判断の自信につながると思う。

うん。徒歩通勤ちゃんとしないと、乱筆になるなぁ...。

年の瀬なので、2017年を振り返ってみる。

気が付けば2017年もあと12時間ほどです...。すっかりご無沙汰して、2017年はこの記事を入れても3記事しか書いていないという...。

2017年の漢字:「___」

 「2017年を象徴するであろう個人的漢字は、『___』かな。」といって始まるのが振り返りシリーズの習わしなのですが、どうも今年は適当なものが思い浮かびませんので、省略 ←

呪文

f:id:kacchan822:20171231102911p:plain f:id:kacchan822:20171231105042p:plain  「黒い画面を見ながら呪文を唱える仕事(サーバー技術者)」を初めて2年と3か月ほど経ちました。Kacotamシステム開発室が立ち上がって(?)、おおよそ1年(正確な立ち上げ時期は謎)が経ちました。GitHub(上)とGitlab.com(下)の草は、まだまだまばらな生え方です(Gitlab.comは主にカコタムシステム開発室関係のもの。2017年9月から自前サーバーのGitlabから移設)。

 サーバー技術者としては、ぬくもりある運用ができる規模のクラウドサーバー案件が中心なので、まだまだインフラの下の段階の部分やネットワーク周りだったり、逆に今を時めくコンテナ系やオーケストレーション的なものだったりも、未知領域が多い。といいつつも、どこまでをカバーするのが領分なのかさえ謎。  Kacotamシステム開発室では、いわゆるフルスタックエンジニアポジション。Python3、Djnagoでごにょごにょしている。本格的にごにょごにょしだして1年が経って、初期に書いたコードやDBの設計を見て悲しくなる今日この頃ぐらいにはなった。

バスケットボール

f:id:kacchan822:20171231111005j:plain  昨年に引き続いて札幌地区の高校年代の試合で笛を吹かせてもらった。吹きこぼしも判定ブレもまだまだあるけど、昨年よりも自信をもって吹ける笛が増えたような気がする。3~5月までの間、社会人バスケットサークルでプレーヤーをやっていたのも少し利いたのかもしれない。スケジュールの余裕を確保できるようになったら、再開したい...。

学習支援活動

 2017年の漢字を決めることはできなかったけど、頻出語句としては「カコタム」。それぐらいの勢いがある関わり具合(頻度)だった。子どもたちと向き合う時間の他にも、教え方・関わり方、団体の行く先、子どもの個別の諸課題について議論して考える時間が多かった。いろんな背景を持ったボランティアメンバーと話をしていくというのは、大変興味深い時間だった。そんな中でも、「不登校」という部分について、「教員」という立ち位置を目指していたころ、「教員」という立ち位置だったころの自分には見えていなかった何かを見せてくれている気がするが、今はまだはっきりとはわからない。


 年の瀬シリーズの過去記事

「学習支援」という営みを再考する

「札幌 学習支援」でGoogle先生に聞くと、大体3番目ぐらいには出現する、特定非営利活動法人Kacotam。 kacotam.com

この活動をお手伝いし始めて、17ヵ月が経ちました。 新聞に掲載された活動説明会の記事を見て、活動説明会に参加したときには、まさか多くの時間をこの活動に使うようになるとは思っていませんでした。 もろもろの縁もあってか、ここ数ヶ月のGoogleカレンダーはオレンジ色(Kacotam関係)がひしめき合ってます。

活動のもろもろの中で、「『学習支援』ってなんやねん論」が度々繰り広げられています。 「学習」という言葉、「支援」という言葉がそれぞれ持つ一般的な印象の枠組みにとどまらないような「学習支援」の定義づけそれに基づく活動へと発展していきそうな気がしていてワクワクしています。 というよりも、そうであるからこそ、自然と多くの時間をかけて関わっているのかも知れません。

「学習支援」団体として活動しているのに、「学習支援」の定義が固まっていないというのは、なんだか怪しく思うこともあるかもしれませんが、活動をしながら団体が掲げるビジョン「すべての子どもたちが学びの機会に出会い、自己実現に向けて挑戦できる社会」を実現するために必要な「学習支援」の在り方を謙虚に模索し続けているという点は、面白いところ(強み)ともとれるのではなかろうかと。

いまだに「学習支援」というものをどのように捉えて、どのように子どもたちと関わっていくのかは、混沌の渦の中にあって、結論が出ているわけではないのですが、もしかするとKacotamなら、それを出せるか、社会の在り様に合わせて柔軟に対応再考できるようなものを生み出せるような気が、一個人としてはしています。

とりとめのない話の結びにかえて…。 社会一般的な「学習支援」という枠組みに収まらないという点で、今後が楽しみな活動が、4月から始まっています。 「カコタ部」という平たく言えばKacotam内での部活動。もうちょっというと、子どもたちがのびのびと好き(やりたい)を継続的に取り組める場を提供する活動です。世間で持たれている「部活」のイメージにとらわれない活動をしたいという想いが込められ、「カコタ部」という固有名称が与えられています。 camp-fire.jp

かくいう僕は「写真部」を任せていただいております。 上記ページの中でも述べていますが、「写真を撮る」、「写真を共有する」ということは本当に身近なものになりました。一昔前のデジカメよりも何倍も性能の良いカメラが子どもたちの手の中に常にある状況です。 一方で、その深さを楽しもうとした時のハードル(非物理的な)は、それほどかつてと違わないような気がしています。あるいは、もしかしたら深みへと進んだかもしれない子たちが、その手前で満足するようなこともあるかもしれません。それが悪いとは思いませんが、ほんのちょっとの機会があれば、一歩を踏み出してもっと楽しめるのなら、その方がいい気がするので、そんな活動にしていけたらなと思っています。

その中には、たくさんの「学び」の機会があって、「自己実現」の為に必要な「自信」だったり「自己肯定感」だったり「自己効力感」だったり、いろんな人とのつながりだったりを得ることにつながっていくのではないかなと漠然と思っています。

単焦点(SIGMA 28mm F1.8 EX DG ASPHERICAL MACRO)修行。

いつからか個人的な年中行事的な位置づけになりつつある、増毛えび地酒まつり2017【増毛町】 へ今年も行ってきました。 一日目は生憎の空模様でしたが、2日目は快晴になって優雅な休日を過ごせたのでした。

昨年は、SIGMA APO 70-300mm F4-5.6 DG MACROを持って行ったのですが、今年は、SIGMA 28mm F1.8 EX DG ASPHERICAL MACROをもっていってみました。

SIGMA APO 70-300mm F4-5.6 DG MACROは、なんだかんだで頻繁に使っているのですが、SIGMA 28mm F1.8 EX DG ASPHERICAL MACROがまだまだ何とも…

f:id:kacchan822:20170528222541j:plain CANON EOS 70D / SIGMA 28mm F1.8 EX DG ASPHERICAL MACRO

f:id:kacchan822:20170530074827j:plain CANON EOS 70D / SIGMA 28mm F1.8 EX DG ASPHERICAL MACRO

f:id:kacchan822:20170530074845j:plain CANON EOS 70D / SIGMA 28mm F1.8 EX DG ASPHERICAL MACRO

f:id:kacchan822:20170530074910j:plain CANON EOS 70D / SIGMA 28mm F1.8 EX DG ASPHERICAL MACRO


うーん。むつかしい。

年の瀬なので、2016年を振り返ってみる。

なんだか年の瀬感がいつにもましてないですが、暦の上では2016年も間もなく終わろうとしているので、これまでの流儀に倣って、2016年を振り返ってみます。

2016年の漢字:「前進」

 2016年を象徴するであろう個人的言葉は、「前進」かなと。サーバー技術者として、ライフワーク、趣味的なもの、それぞれで段階が一歩進んだ気のする一年だったように感じています。

呪文

f:id:kacchan822:20161231171626j:plain  「黒い画面を見ながら呪文を唱える仕事」を初めて1年と3か月ほど経ちました。それなりに呪文のレパートリーは増えた気がします。

といっても、サーバー保守・運用、ときどき構築という業務内容なので、ゴリゴリコードを書くということはほぼありません。 最近はInfrastructureAsCodeというようなのがビックウェーブっぽいですが、規模感が大規模系ではないので、古くからあるぬくもりある感じの構築や運用方法が中心ですからなおさらです。 しいて挙げるならば、障害原因の切り分け作業やら動作検証やらの都合で、PerlPHPRubyPythonSQLあたりを解読することがあるぐらいです。

 コードを書くのは業務以外で、Python、HTML、CSSJavascriptあたりぐらいなものです。 たまに、CodeIQやらpizaやらで、頭の体操をしています。

カコタム

kacotam.com  今年の2月に「活動説明会実施」のとっても小さな新聞記事が目に留まったところからかかわり始めました。  いつの間にか思っていた以上に、活動に身を突っ込んでいる気がしてならない今日この頃です。それだけ空気感が肌に馴染んだのでしょう。  教員をやっていた時には、3年とか1年とか数か月とかいう長い期間、ほぼ毎日顔を合わせられるという前提の中で子どもたちとのかかわりがあったのに対して、月に数回定期的とも限らない、1回2時間程度という短い時間の中だという時間的制約があるなかで、子どもたちの「やりたいを見つけ」たり、「目の前の課題を解決」したりするというのはなかなか難易度の高い活動だなぁと感じています。  そんな制約条件があってか、ちょっとしたことに対する「ありがとう」とか、ちょっとした目線の動きとかを教員時代以上に気にするようになった気がしています。自分が学生時代の時にかかわれていたら、教員時代に取りこぼしていた何かを拾えたのではないかと猛省しています。

バスケットボール

f:id:kacchan822:20161231154441j:plain  今秋から札幌地区の高校年代の試合で笛を吹かせてもらっています。  まだまだヒヨッコだけど、上級審判員の方々と一緒に吹かせてもらう機会が多くて、大変勉強になりました。  対戦チームの力関係、男子・女子、ゲームの流れ、選手の体力事情、、、 バイオレーションとファールをただ基準通り吹けばよしということでもないところもあるので、なかなか難しいことが多いですが、よい表情で選手が試合を終えてくれればうれしいものです。

 巷では、「部活動問題」がちょっとしたブームですが、専門じゃない競技をやった時にしんどいのが、大会や練習試合での審判だったりするのだと思います。自分は、中高生にとって部活動で得られる経験の教育的価値は大きい(教科教育の中で取り組みにくいこと、取り組みにくい生徒に対して)と思うので、ちょっと微妙な方向に議論が進まないことを祈るばかりです。  祈ってばかりでも仕方がないので、とんでもなく微力ではあれども、自分が笛を吹くことで少しでも負担軽減になればと思ったりもしています。


 年の瀬シリーズの過去記事